2010年4月18日日曜日

2010/04/17futenma

2010/04/17の普天間飛行場です。滑走路の補修も終わり、KC-130などの固定翼も帰ってきています。補修工事の間どこに行っていたのでしょうか。嘉手納ですか?岩国ですか?
そういえば、岩国の新滑走路が完成したようなので、KC-130は、いつ岩国に移駐してもいいはずですが、誰も、言わないですね。もう10年以上も前に決まっていたことなのに、今は、普天間飛行場の移設先の問題ばかり・・
まずは、KC-130から先に岩国に移駐させるべきではないですか。
岩国移駐は誰も反対していなかったし、もう新滑走路もできています。
そいうことは、鳩山首相もしらないと思います。
これまでの経緯を知ろうともしてないし、政治主導とか言っているので、教えてくれる人もいないのでしょうね。
「首相は懇談の場で、普天間問題について「皆さん、普天間なんて知らなかったでしょう」と問い掛けた」らしいのですが、鳩山さんもどれだけ知っていたのか、疑問ですね。
まぁ、問題は普天間の問題というよりは、その外交・防衛感覚の幼稚さですね。「友愛」で外交問題は解決しないでしょう。小学校の教室に貼ってある標語じゃないですか「友愛」って・・

2010年4月12日月曜日

2010/04/10嘉手納

沖縄はすっかり夏です。
嘉手納飛行場の侵入経路の下にある北谷町砂辺馬場公園の海浜です。
すごいですよね。リーフにわたり、そこから、陸地側に向かって釣りをしています。
釣り堀ではないですよ。皆さん、自然の海浜ですよ。釣りをする人が向かい合わせです。
さすが、沖縄



と言っても、嘉手納飛行場からの飛行機は、頭の上を通りすぎていきます。



   
 
北谷町砂辺は嘉手納飛行場の進入路の真下に近いので、あちらこちらに、那覇防衛施設局
(今は沖縄防衛局)所有の空き地があります。住民が住まないようにしているのでしょうか。
 
 
同じく北谷町砂辺地区にある「クマヤーガマ」という石灰岩段丘にできた鍾乳洞です。
全長40mで、1944年の10月10日の空襲の後、砂辺の住民が避難し、クマヤーガマでは一人も犠牲者はでなかったそうです。
1945年4月1日の米軍上陸の数字前に、ガマに避難していた砂辺の住民は全員、沖縄本島の北部に避難しました。
 
現在、ガマの上には住宅らしき建物も立っています。どういう気持で日々の生活を送られているのか、興味深いです。

2010/04/03普天間
















 普天間飛行場は滑走路工事のため、至って静かなものです。
 近くで飛行場を見ている人の情報によると、6月中静かではないかということでしたが、今日(4月12日)のテレビニュースでは、補修工事が終わり、さっそく固定翼機が離発着しているようです。
 はぁ、また、うるさくなるのね・・




 そうそう、嘉数高台に傍に新しい保育園が出来ていました。一番うるさい場所に、進入路のすぐ近くですよ・・
 保育園ができるは良いことです。早く、普天間飛行場をなんとかしないと、
 

2010年4月4日日曜日

静かな普天間飛行場です。

Posted by Picasa 最近の普天間飛行場は、滑走路工事があり、KC-130輸送機などの固定翼機が飛行しないため、かなり静かです。KC-130輸送機は、嘉手納飛行場に一時的に移駐するという情報もありましたが、どうなったのでしょうか。
もともと、KC-130輸送機は、12機全て岩国に移るということが決まり、そのために岩国に沖合滑走路も建設してあるので、さっさと引越しすれば良いのにと思います。
普天間には、KC-130輸送機以外の固定翼機として、UC-12とか小さな飛行機がおり、連絡、人員の輸送のため、他の海兵隊基地と日常的に行き来していましたが、今は、嘉手納に行っているんですかね。しかし、固定翼機が飛行しないと、こんなに静かなんですね。
今、嘉手納への飛行機、特に戦闘機の騒音が大変です。